僕の前に道はない。

なまけてたっていいじゃない。

ただの戯言である。

ニンテンドークラシックミニスーパーファミコンの予約をした日

 

昨年ミニファミコンが買えなかった。

雑誌で紹介されているのを見て「おおー」となって、ヤマダ電機LABI1日本総本店に買いに行ったのに「ありません。入荷も未定です」となった。

その後Amazonで探すも随分な価格で転売されていた。

 

時は過ぎ、ミニスーパーファミコン(以下、ミニスーファミ)10/5が発売日になったということで、予約開始日について毎日チェックしていた。

FF6とかマリオRPGとかロックマンXとか胸熱すぎる。

任天堂さん、頼む。何とかして欲しい人にちゃんと行き渡る生産をしてくれ」

そんな思いで予約開始の情報を待った。

 

8月下旬。

9月中旬に予約受付開始という情報が流れ、そして9月に入って16日予約受付開始という日程が決まった。

カレンダーに書き込み、待つ。

 

9/16当日。

朝から池袋の家電量販店に乗り込もうと思っていたが・・・寝坊した

仕方なしにネット予約に賭ける。

ヨドバシドットコム、繋がらず、10分で完売御礼。

ビックカメラの抽選も考えたが、抽選なら急がなくてもいいかと一旦保留。

というか抽選という対応をしなくてはいけないモノなのか。

ミニファミコンで生産不足だったのはわかりきっているのだから、対応しておいてください任天堂さん( ;  ; )

 

朝ごはんを食べながらツイッターを眺めているとTSUTAYAで予約できた」という人々が。

なるほど、TSUTAYAでもゲームを取り扱っていたか!(盲点)

急いでシャワーを浴びて行ってみることにする。(10時半ごろ)

 

店頭で聞いてみる。

店員さん「予約受付は終了しました」

 

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近隣の店舗やゲオ等にも電話してみたがどこも終了してた。

トイザらスジョーシンでは予約受付してなくて、当日入荷するかも不明(入荷するとは思うんですけど…)とのことだった。

諦めたね。

転売屋がある意味プロとしての入手ルートを確立させていて、俺みたいな一般人には購入不可能になっているんだと悟った。

 

神様からのメッセージかと思った。

 

 

そのままユニクロに行って、簡単に手に入る希少性ゼロのネルシャツを2枚ほど買って、昼飯を買って帰った。

昼飯はファミマの大盛り明太子スパゲティだった。

Amazonでも一瞬予約の受付があったようだが、全然対応できなかった。

 

転売屋恨めしいと思いながらツイッターを眺めてると、

なんと神が降臨する

 

 

川越か…。

行けなくはないけどやや遠い。

 

電話してみると受付しているとのこと!

車で約40分だが駐車場はない、電車で1時間。

どっちを使うか・・・。

到着して「受付終了しました」では悲しいが、行ってみることに。

 

睡眠不足感もややあって、電車をチョイス。

ていうかマイナーなゲーム屋さんって少なくなったよね。

昔は「桃太郎」とか近所にもあったのに。

 

川越に到着し自然と早足で歩いてしまう。

はやる気持ち。

入店。

 

僕「ミニスーパーファミコンの予約ってやってますか?」

店員さん「はい、やってますよ〜

 

僕「!!!!」

僕「(ポーカーフェイスを装いながら)お願いします」

 

予約できたーーーーー!!!!

ちょっと遠かったけど来た甲斐があった!

予約したものは10/5当日にしか渡せないとのこと。

電源供給の仕様についてとか丁寧に確認を取ってくれた。

 

 

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運が良かった。

ツイッターすごい。

近くの市町村をワードに検索してたわけではないので、今回は本当にラッキーだった。

神降臨。

教員採用試験の勉強もちゃんとしないと!と思って、通信講座の申し込みもした。

早割で即決!

 

それにしても転売屋にはウンザリである。

 

 

まぁ書き間違いのことは置いといて、人の足元を見て金儲けとか最低だと思う。

仮に今回予約できなくて、当日も買えなかったとしても絶対に転売ヤーからは買わないし買いたくない。

でも少なからず転売屋から買ってしまう人もいるんだろう。

そういう被害者を出さないように、ほんと任天堂さん、生産と供給の具合をしっかりとお願いしますね( ;  ; )

 

ミニスーファミ楽しみ。

勉強もしっかり頑張ろう。

 

www.nintendo.co.jp

教員採用試験の学習計画を立てようと思案している。

 

教員養成セミナー』っていう月刊誌があるのだが、それの特別版「教採必勝Navi」を買ってきた。

 

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今年の教員採用試験は駄目だった。

というか、ほっっっとんど勉強していないのだから仕方ない。

 

 

tsunesen.hatenablog.jp

 

 

そもそも高校生大学生時代もそんなに勉強ができる方ではなかった。

学力のピークは大学受験のときだと自負しているが、それからは下降する一方だ。

それも進学した大学だって三流四流大学なのだから情けないところだ。

 

それでも2011年度には臨時的任用教員で1年間、赴任してやりきったこともある。

とにかくその場に立ってみて頑張るってことで何とかなるものだ。

もちろん自分の勉強の足らなさを痛感し続けた1年間だったが。

 

 

勉強しようとするのも教員になろうとするのも、子供が好きとか知的好奇心とかやりがいとか色々理由はあるけれど、突き詰めると結局「モテたいから」になる。

 

モテたい気持ちが強いが故に、ヒデヨシさんのブログ もよく読ませていただいている。

 

oreno-yuigon.hatenablog.com

 

上記記事の「こうなったら終わり、彼女にナメられる」というリストに以下のようなものがあった。

 

    • 自分が主たる活動(仕事・部活・受験生なら勉強)で情けない状態になっている

 

いや、もう、ほんとそれ(の状態)である。

 

こう言うのもダサいと思うが、今の会社でステップアップしたいとは思えていない

仕事が入ってこないので、ほぼ社内ニートな状態で毎日を過ごしている

クライアントから依頼されている業務なので自分で仕事を増やすことも出来ない。

毎日毎日「何もしない8時間」をこなしている

 

不毛すぎることこの上ない、情けない。

なんとか打破していきたいところである。

そして可愛い女の子にモテたい。

 

 

一般教養も教職教養も専門教養(国語)も乏しいのでちゃんと勉強しないといけない。

どんなに悪くても一次試験は通過するだけの知識は付けないと、情けなすぎる。

教育現場に立つ者として最低限の知識レベルだろう。

 

自分で勉強するのは必ずダレるので、本当は予備校みたいな塾みたいなとこに通いたいのだが、数十万円も必要になるのでそんなお金は用意出来ない。

通信講座なら6万円弱程度で対策できるのだが、学生時代は進研ゼミもちゃんと取り組めなかったので不安がある。

何か目標達成させるのに、ある程度の資金投資も必要だとは思うのだが。

 

あと300日程度。

千里の道も一歩から、である。 

 

 

 

教員は過酷なので、やらなくてもいいことはやらないスタイルをおすすめしたい。

中学校教諭の1.7人に1人、小学校教諭の3人に1人が「過労死ライン」(月80時間の残業)を超える長時間労働を強いられている。

4月末に文部科学省が公表した2016年度の「教員勤務実態調査(速報値)」で、そんな衝撃的な事実が明らかになった。公立学校教員の勤務時間は週38時間45分と定められている。だが過労死ラインに相当する週60時間以上勤務(週20時間以上残業)した教諭は中学校で約6割、小学校で約3割に上る異常事態だ。教諭の1週間当たりの勤務時間は10年前と比べて約4〜5時間増えた。しかもこのデータには自宅に持ち帰った残業は含まれていない。

「休日もまったく休めない」「このまま働き続けると体が壊れてしまう」……。多くの教員から悲痛な声が上がる。

11年6月、大阪府堺市の市立中学校に勤務していた26歳の男性教員が自宅アパートで倒れて亡くなった。死因は虚血性心疾患だ。

男性教員がその学校に赴任したのは10年4月。1年目から担任を任されると、学級通信をほぼ毎週発行するなど熱心に取り組んだ。部活動では経験のないバレーボール部の顧問になった。平日や土日の指導に加え、同部員が記入する個人別のクラブノートに励ましや助言をびっしり記すなど、人格形成にも力を注いだ。

(中略)

「業務量の多さや部活動が過重労働、過労死の温床になっている」と遺族の代理人で過労死問題に詳しい松丸正弁護士は警鐘を鳴らす。

 

長くなったが、『東洋経済』から引用したものだ。

 

 

非正規ではあったが僕も中学校教諭を経験した。

臨時的任用で一年生の担任を任され、経験のない男子バスケ部顧問となった。

過酷だった。1年で辞めた。

 

そして今、また教員に戻ろうとしている。

そんな自分なりに思うところを記していこうと思う。

 

 

当時は「過労死ライン」なんて知らなかった

 

今でこそ「教員はブラック」と声高に言われるようになったが、僕が赴任してた2010年、2011年頃はそんな風潮はなかった。

ましてや、ずっと「やってみたい」「子供の可能性を伸ばしていけるような、良い教員を目指したい」と志を高く持っていた身としては、どんなに仕事量が多くても「頑張ろう」と気張ってやっていきたかった。

自由学習ノートを毎日チェックしたり、バスケは慣れなかったが部活動にもできるだけ顔を出した。(副顧問だったが)

家にも仕事を持って帰ってたし、土日も部活動指導後に職員室で授業準備等を行った。

平日も退勤が22時や23時になることもあった。

やる気満々だった。

 

これが完全に裏目に出る。

精神は疲弊し、2学期後半ごろからは自殺願望まで生まれた。

働きすぎるのが、精神衛生上においてこんなに悪影響を及ぼすとは思っていなかったのだ。

 

あまりの辛さに泣きながら母親に相談し、辞める決断をした。

3月、校長には「これくらいで辛いと思ってるなら辞めた方がいい」というようなことを言われたけども。

 

 

健康な体があってこその教育

 

とにかく1年目は、憧れの教員になったという気持ちもあって、頑張りすぎてしまう。

その結果、精神を病み、辛い結末を生んでしまうことはあると思う。

上記で引用した大阪府の男性教諭もそんな感じだったんじゃなかろうか。

 

もしも僕が彼の立場で、ギリギリ生きるのを諦めなかったら(というか精神が病んでしまうくらいに働きすぎたのを反省したとしたら)、教員を続けたときは「もっと手を抜いていいや」と思う。

リアルにまた教壇に立つときが来たらそうする。

 

「手を抜いていいや」というと聞こえが悪いが、要は自分の健康管理の優先度を最上級クラスに持っていくということだ。

学級通信? そんなものは書くのをやめる。

書かないなら書かないで保護者の方々が「学校の様子がわからない」と苦情を投げてくるかもしれない。

けど死ぬわけではない。

健全な健康管理や体調を優先して良いだろうと考える。

健康な体がないと学級運営も教科指導もできないわけだし。

 

また部活動のノートもやめる。

書きたい子は自主的に書けばいいし、無理に書かなくても部活はできる。

アドバイスが欲しければ会ってるときに相談に乗る。

ノートに記録や目標を書き込んでいくのは良いことだと思うし、自分で自分を客観視するのにも効果があると思う。

しかしそれはチームでやることないし、ましてや顧問の指示でやらなくていい。

部長や主将が提案して、子供達だけで自主的に行うなら結構なことだ。

 

また土日の部活動は顧問どちらかが交代で見ればいいし、それが叶わないなら部活動は無しでもいい。

教員の健康状態を優先すべきである。

その点が問題ないなら大いに部活動を行って結構なのだが、しんどいならやめるべきだ。

「辛い。死にたい」にだけは絶対に陥ってはいけない。

 

 

いかに余裕ある教員生活にするか

 

長年教員をやっている人は本当に凄いと思う。

僕なんかはちょっと辛いだけで音を上げて「辛い、死にたい」になってしまった。

 

しかし、失敗は成功に向かうのに欠かせないものである。

授業の質などは落としたくないし、もっと向上させたいと思う。

部活動も一生懸命に取り組んで指導していきたいと思う。

けど「頑張りすぎた」という失敗は繰り返してはいけない。

 

ガムシャラな考えは手放し、重要度や優先度の高いものに注力していくことを実践していかなければならない。

『エッセンシャル思考』的な考え方だ。

 

自分の人生の余暇も大切にせねばなるまい。

 

余裕がなくなれば確実に潰れてしまう。

「全部やろう」は駄目だ。

授業の準備はちゃんとやっておいて、学級経営や部活動指導は無理のない範囲で取り組むのが良いのではないだろうか。

 

 

Kindle版『ヒカルの碁』を全巻読んで囲碁を始めてみたくなっている。

 

 

ってことでね、『ヒカルの碁Kindle版を全巻購入してですね、もはや空前の囲碁ブームですよ。

大学生のときに『ヒカルの碁』を単行本で買い集めて、一回ハマって。

その時はプレステの「院生頂上決戦」まで買ったけど、全然囲碁を覚えられませんでした。

これ。

 

ヒカルの碁 院生頂上決戦 (コナミ ザ ベスト)

ヒカルの碁 院生頂上決戦 (コナミ ザ ベスト)

 

 

キャラクターたちがみんな喋って面白いんだけどね。

でも囲碁って一人でやってても覚えないし面白くなっていかないんだなということを悟りましたね。

 

で、30歳を超えてまた読み返してしまったわけですよ。

そもそも囲碁って子供から老人まで楽しめるじゃないですか。

覚えたら一生涯ずっっっっっっっと楽しめるわけじゃないですか。

なんとも高尚な遊び。

「趣味は囲碁です」とか言ったら「おおー」ってなるじゃないですか。

 

ヒカルの碁』は囲碁のルールを知らなくても楽しめます。

そして囲碁を打ってみたくなります。

 

 

大学生のときも泣きながら読んだんだけど、今になってもやっぱ泣いてしまうよね。

昔も今も結局17巻の最後で圧倒的に泣かされてしまう。

先日そこを読んだときは「何回か読んでるからもう泣かないでしょ」とナメて読んでたんすよね、通勤電車の中で。

 

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ヒカルの碁 17 (ジャンプコミックスDIGITAL)

 

そしたらもう涙腺へのそれが凄まじいわけ。

鳥肌ぶわっっっっって。

焦ったね。周章狼狽。

「うわ、朝から通勤中の30代男が電車で泣いてるよ。まじかよ。鬱なのかな」って感じになるじゃないですか、はたから見れば。

必死ですよ、泣くのを堪えるのに。

 

でも最高だったなー。(思い出し涙)

 

 

僕的に『ヒカルの碁』は最強におすすめの漫画です。

小中学生にも読んでもらいたい。

なんなら学校の図書室に置いていただきたい。

囲碁を始めてほしいんじゃなくて、人間として大切なことがいっっっっっっっぱい描かれているんですよね。

目標を追う姿勢みたいなとこがね、本当に素晴らしい。

 

読み返したことでまた「囲碁やりたい状態」になった僕は初心者用の囲碁セットを注文してしまいました。

これ。

 

碁盤 9路盤セット

碁盤 9路盤セット

 

 

あとね、Kindle Unlimitedで読める囲碁入門もダウンロードしてしまったよね。

 

コミックで覚える囲碁

コミックで覚える囲碁

 

 

実家同居中の母が高校時代は囲碁部だったんで教えてもらおうと思っています。

ヒカルの碁』は本当に健全におすすめなので、機会があったらぜひ読んでみてください。

 

 

  

 

すっきりとした部屋に憧れている

 

2年前くらいに『ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ -』という本が話題になった。

僕もミニマリストに憧れたものである。

 

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ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ -

 

 

洋服が大好きだったが、白シャツや白Tシャツを買い、シンプルな装いを心がけるようになった。

普段のワイシャツも無印良品で買い揃え、白オンリーで着回している。

 

だが、どうしても片付けや捨てるのが苦手だ。

部屋は未だに雑然とし、モノで溢れかえっている。

捨てるのに分別するのも面倒なのだ。

 

いっそのこと物置でも買って、要らないモノを全てぶっこみたいくらいである。

 

 

最近『ヒカルの碁』を全巻kindleで買ってしまった。

紙の本で持っているのでわざわざkindleで買わなくても読めるのだが、魔がさした。

しかし、これがなかなかに良さそうである。

 

使っている端末はKindle Paperwhite 32GBマンガモデルだ。

マンガが700冊くらい入るらしい。

通勤で往復2時間くらい乗ってる電車の中でもめっちゃ読めるし、全巻kindle版で揃えたことで紙の本を処分できる。

 

この「紙の本を処分できる」というのは大きい。

ヒカルの碁kindle版全巻で9000円くらい?だったかと思うが、これで便利さと部屋の中のスペースの両方が買えたと言うことになる。

 

紙の本のマンガも積極的に処分したいという気になってきた。

他にも「ドラゴンボール」や「幽遊白書」「I"s」「魔法陣グルグル」「めぞん一刻」等も電子書籍に移行したいところである。

そして読まない(読もうという気にならない)マンガも処分していきたい。

 

 

僕は多分ミニマリストにはなれない。

洋服も「私服の制服化」なんかを考えていこうとも思ったが、難しそうである。

秋冬について、モッズコートも好きだしウールコートも良いし、たまにはレザージャケットも着たい。

 

10月にはユニクロユーの新作を買ってみようかなと思っている。試着してみて良かったらね。

 


 

本棚のマンガを減らして整理し、それを皮切りに他のものも順次片づけていけたらいい。

 

洋服も(ミニマリストよりは多少多いバリエーションになるだろうが)お気に入りのモノをワードローブにして、クローゼットを作っていきたい。

 

何もない、すっきりとした部屋は憧れる。

 

 

「可愛い女の子」に惑わされない強さがほしい。

 

ぼくは可愛い女の子が大好きである。

そして惚れっぽい。

特に笑顔を向けられると弱いものだ。

非モテコミット」そのものであるのだが。

非モテの極み。

 

野球観戦に行けば売り子の女の子に笑顔を向けられ、ついついビールを買ってしまう。

 

 

いやいやいや、ずるいんだよホント。

一回買ったらその後も通る度に目を合わせてきて、笑顔でこっちを見続けるんだ。

ぼくの手にはあと一口程度しか残ってないビールのカップ。

買わない選択肢が…ない。

 

野球観戦だけでなく普通の飲食店でもそんなもんだ。

笑顔で「ご注文はお決まりですか?」とか「こちらお下げいたします」とか、目を見て言われたらドッキューン!となるでしょうよ。

だいたい可愛い子を採用し過ぎなのだ。

イモっぽい子がやってくれるならまだしも、顔も可愛くて愛想も良いとは、卑怯極まりない。

こんなん常連になってしまうではないか。

 

 

ヒカルの碁』にヒカルが「強さが欲しい」と荒れる場面があった。

プロ試験中、局面の悪い碁で対戦相手の反則を指摘して勝つか、逆転を狙っている自分の力を信じてみるかで葛藤するのだ。

目の前にぶら下がった「反則勝ち」に惑わされ、指摘しようとしたところで対戦相手が投了(降参すること)する。

 

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ヒカルの碁 10 (ジャンプコミックスDIGITAL)

 

まさにこれである。

ぼくも「ニコニコしてる可愛い女の子」に惑わされない強さが欲しい。

相手はニコニコしてるだけで、僕に気があるわけではないのだ。

職場でもそんな女の子に片思いし、見事なまでに振られて関係性が悪くなった。

ちょっと自分に良くしてくれるからって簡単にズキューン!とならない強さが欲しい。

 

そのためにはたくさんの可愛い女の子にチヤホヤされる自分になるか、もしくは絶対的に大好きなオンリーワンの恋人を作るかである。

結婚も視野に入れるなら後者の対策を採用したいところだが、たった一人にモテるためにも「余裕さ」は必要なのだろう。

そこに到達するために執着の分散が必要になるのだろうかと考えると、つらい。

 

恋人を作ってハッピーな毎日を過ごしたいとも思うが、今は実家暮らしだし、車もないし、仕事もフリーターみたいなもんだし。

貯金もそんなにないし。

とりあえず仕事だけでもしっかり定着させ、落ち着かせるのが先決だろうか。

 

 

最終的には母の近くで嫁と穏やかに暮らせればいい

 

さて、僕も世の中の多くの大人たちと同じように普段は労働に勤しんでいる。

都内でカスタマーサポート的な仕事をしているわけだが、何とも言い難い。

毎日定時(18時)に上がれて土日祝休みで時給1500円でボーナス無しだ。

通勤は片道1時間程度だが、交通費は10000円が支給される。(1か月の定期代は17600円くらい)

 

業務自体がしんどくないので、今のプロジェクトに就いているうちはのんべんだらりと日々を過ごしていくことになると思うが、暇な毎日を送るのも楽しいことはない。

 

「本当にやりたいことをやっているだろうか」「今も20代のときのような勢いを持ってがんばっているか」と自問すれば、その答えは「ノー」である。

本当にやりたいことなんてのは分からないし、そうなれば当然20代のときのような勢いなぞあるはずもない。

そうして33歳の誕生日をまもなく迎えようというところまで来ている。

独身で彼女無し、実家暮らしである。

 

 

20代の頃は夢に夢を見ていた。

俳優を目指したが挫折した。

教員を経験したが挫折した。

ネットワークビジネスでオーナー業や自由人という生き方を目指したが挫折した。

ブログ飯を目指したが挫折した。

挫折ばかりが人生である。

 

経済的な安定感と世間からの印象を求めて、また教員を目指しているが、その過酷な日々を乗り越えられるか不安に思う。

「パソコン一台でノマド的に働いて、自由自在なライフスタイル〜♪」に憧れてしまうのは僕のモラトリアムであろう。

 

僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか? (星海社新書)』という本を数年前に買った。

そこで提唱しているのが「積み上げていく働き方」である。

 

働き方のポイント

  1. 世間相場よりもストレスを感じない仕事を選ぶ
  2. まず「積み上げ」によって土台を作り、その土台の上でジャンプする
  3. 労働力を「消費」するのでなく「投資」する
  4. 長期的な資産を作る仕事を選ぶ ...etc

 

読めばわかるが、働き方のポイントとして8つ挙げられている。

「毎日毎日全力でジャンプする働き方」は苦しいし、「残業代では豊かになれない!」といった主張も真理だと思う。

著者の木暮氏は労働を否定してるわけではなく、積み上げていく働き方を推奨しているのだ。

職人的な働き方も、スキルや知識、経験が「積み上がっていく」としている。

がむしゃらに毎日営業するってのは積み上がっていきにくい働き方だ。

 

 

話が右往左往していて定まらないが、「ストレスをあまり感じずに、労働力を投資して土台を積み上げ、資産を作っていく働き方」をしたいというものだ。

資産収入はきっと良い。

毎日が自由になる。

勤めをしなくても収入があるなら、老いてきた母の生活を日々手伝ってやれる。

こんな束ねたダンボールをゴミ集積場に持っていくのは、母には辛いだろう。

 

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車は外国車なんかに興味はなく、燃費のいいトヨタ・アクアでもあればいいし、腕時計はGショックで全然いい。

住まいはタワーマンションも憧れるが仮に住むとしても1〜2年でいいし、最終的には母の近くのアパートか何か(もしくは実家)で嫁を娶って穏やかに暮らせればいい。

 

それだけである。